又吉 「劇場」
流れ続ける時代の中で誰にも取り上げられずに忘れ去られて行く記憶の一つ一つを、彼等は安易なロマンチシズムに溺れることなく、残虐性に酔うこともなく、現代の適正な温度で掬ってみせた。もっとも、その温度が僕にとってはひどく冷たいものとして感じられもするのだけれど。
これは、主人公永田が成功する同世代の小峰の劇団の公演を見にいった際の感想です。「現代の温度」は小峰にとっては武器とし表現できるものであっても、永田にとっては酷なものなようです。才能という言葉が作品を通してたびたび出てきますがこれが才能の差なのかもしれません。
作中の永山には沙希という彼女がいます。彼女もまた自分の夢のために東京に来た一人です。作品の前半で沙希は暗く沈んでいた永山の生活にさした希望の光でした。彼女の表情の中に演劇の上での活路を見出すシーンがあります。
「怒ってるのに笑ってたり、泣いてんのに疑う顔してるときあんねん」
「どうゆうこと?笑いながら殴るヤクザみたいなこと?」
「そうじゃなくて、正直すぎて感情をどれかひとつに絞られへんねやと思う」
(中略)
どの感情とも断定できない人間の表情に惹かれる。それは僕が脚本に費やす数行の言葉より遥かに説得力があった。
しかし、ここで掴んだ感触も厳しい現実の中では劇団をほんの少し盛り上げるくらいにしかなりなません。そうした中で徐々に二人の生活の影が目につくようになっていきます。
この作品は、読んでいるとついふたりのハッピーエンドを思い描いてしまいます。でもその期待は作中では叶うことはありません。それが表現を志すものの100人いたら99人の当たり前なのかもしれません。厳しい視点から描かれています。ただし最後までふたりの間には愛がありほっこりとする空気があったことでまだハッピーエンド期待してしまいます。
又吉の作品を読んだのは、これが最初で想像よりすごくてびっくりしました。映画化するそうで映画楽しみですね。映画を観たお客さんがもやもやして帰っていくでしょうね。ハッピーエンドの追加を期待しています。